運動の三法則が先か、天秤とばね秤が先か?!

問題提起

学校でのスタンダードな教えかたでは、

と、した上で、(1)氷上を滑るおもりのイメージ、(2)台車を引く実験、(3)ばね秤どうしを引き合わせる、などの経験を根拠に、以下に示すニュートンの運動の三法則は「法則」であるとする。

☆ 運動の法則:この用語はニュートンによれば法則1〜3を指すが、高校物理では法則2のみを指す。本稿ではニュートンに従う。

しかしながら、ニュートンの運動の法則を公理ではなく「法則」とする順番には論理が複雑になってしまうという問題点がある。すなわち、

  1. 操作による定義の弱点:単純なものを定義するのに複雑な仕組みを必要とする。
    • 天秤:てこの原理を利用して、重さを比較している。すなわち、質量の定義に「回転釣り合い」と「等価原理」が関わってくる。
    • ばね秤:目盛りの割り振りの根拠となっているのは「フックの法則」とされている。フックの法則の意味を辞書で調べると、「力がバネの伸びと比例する法則」とある。
  2. 天秤とばね秤の動作原理の論理的な説明ができない:この方法では、純粋に論理としては、天秤とばね秤の動作原理を説明することを放棄したことになる。なぜならば、それが質量と力の「定義」になっているので、もしも動作原理を説明しようとすると論理の堂々巡り(トートロジー)になっていることに気づかされる。それはへりくつに見えるかもしれないが、その説明の内容から直感や経験を混ぜ込まないでロジックのみで冗長さを省いていくと最後には「質量は質量である。力は力である。」などに行き着いてしまう。

上記2つは、結局のところ同じことを述べていることにはなるが、互いに切り口を変えてみた。

経験から得られた直感によってワカッタつもりになるのであれば、質量と力を天秤とばね秤で定義するのも良いかもしれない。しかし、論理的な流れをつかもうとしたときに困難に直面する。そこで、ニュートンの運動の3法則を起点として、天秤とばね秤測られる量が、運動の法則に現れる質量と力と同じものであることを示せることを確認するべきである。

天秤

天秤とは、「てこの原理」を利用して、「重さ」の比を測定することにより質量を測定する装置である。ここでは、ニュートンの運動の3法則を公理として、天秤で質量が測られる動作原理を導くことができることを示す。ポイントは、てこの原理の証明と、重さから求められる質量が、運動の法則に現れる質量と区別できないことを確認することにある。

回転釣り合い(てこの原理)の導出

回転釣り合いに関しては、プリンキピア「公理、あるいは運動の法則」の中で、系2の説明の中でなされている。

○
釣り合いの関係の基礎

まず、回転軸に対して垂直に延ばした腕の長さと、その先端に、軸とも腕とも垂直になる方向に加えた力の大きさが同じなら、回転はつり合う。

なぜなら、回転軸に対して、腕を回転させても、回そうとする力は変わらないので、

○

2つの腕を回して一致させれば、2力は大きさが同じで向きが正反対となり、相殺する。ゆえに回転力は得られない。

○
力を加える点を作用線上で移動
次に、腕の長さが異なる場合、つり合うための力の大きさを求める。
  1. 短い方の腕の先にヒモをつけて伸ばし、それを引くとする。
  2. 回転力はヒモの長さに関係無いから、力を加える点の位置を、ちょうど回転軸からの距離 L の位置に配置する。
  3. ヒモの代わりに、回転軸の周りを回る円盤にしても結果は変わらないから、ヒモを回転軸から伸びる腕に置き換える。
○
腕の長さが異なる場合の、釣り合いの条件

○

  1. 力 F' を腕の方向と腕と垂直な方向に分解する。
  2. 力 F' の腕の方向の成分は、腕を回転軸に向けて引いたり押したりするだけで、回転力に寄与しない。腕と垂直な方向の成分のみが有効。
  3. 回転釣り合いの条件は、力 F' の腕と垂直な方向の成分が、F と一致することである。すなわち、左図で、
    F = F'sinθ
  4. よって、L' と L の幾何学的な関係から、回転釣り合いの条件
    L'F' = L F
    を得る。

重力質量と慣性質量

参考:質量標準

天秤のまとめ

天秤は、てこの原理を利用して重さの比を測定する装置であるが、てこの原理は、ニュートンの運動の法則から導出できた。 重さと質量が正確に比例することは、空気などの抵抗の無いところで万物が斉しく同じ加速度で落下する事実と照らし合わせると、これもニュートンの運動の法則から導出される。 ゆえに、天秤による質量の測定原理は、ニュートンの運動の法則から導出される。 よって、ニュートンの運動の法則を自然法則ではなく公理として扱う立場に立つならば、 天秤で測定されるところの「質量」の定義は、ニュートンの運動の法則(+ ニュートンの運動量の定義 mv )の中に含まれていると考えることが可能である。

ばね秤

教科書では、ばね秤の目盛りの振り方の根拠はフックの法則にあるとされている。 そしてフックの法則を辞書で調べると、バネの戻ろうとする力と伸びが比例する法則と書いてある。 コレでは堂々巡りになってしまう。フックの法則の原理を説明しようとすると、物性の話になり、物理の導入レベルの話ではなくなってしまう。 しかし、ニュートンの運動の三法則から、ばね秤の仕組みを説明する流れにすれば、論理はスッキリと整理されるであろう。

前提

バネが復元可能な範囲の伸びで考える。繰り返し使用しても、同じ力に対して同じ伸びを示す範囲で用いる。 金属疲労を考慮しなければならないような回数を使うことは想定しない。

単位1N

ニュートンの運動の三法則を前提とすれば、例えば、以下の方法で、力の単位を定めることができる。

  1. 摩擦の無い滑らかな床の上を 質量1kg のおもりが運動するとする。
  2. おもりには軽いヒモがついており、 おもりの重心から長さ1m のところでヒモは大きさと摩擦の無視できる滑車を通り、その先は、ばね秤へとつながる。
  3. 滑車はおもりと同じ高さであるとし、滑車からの距離が変わらないように注意しつつ、おもりを角速度 1 rad/s で回転させたとき、ヒモの引く張力を 1 N と定め、その時のバネ秤が指し示す位置を、目盛り1N として記録する。
    ∵ 第2法則 T = m r ω2

目盛りの構成方法の例その1

  1. 目盛りのまだ割り振られていないばね秤を多数用意する。
  2. 基準となる一つの目盛りを割り振られたばね秤を一つ用意する。
  3. 基準となる一つの目盛りを割り振られたばね秤と、その他のばね秤と引き合わせることで、目盛り1をコピーする。(∵第3法則)
  4. ばね秤同士を総当たり的に引き合わせることで、目盛り1の位置があっていることを確認する。(第3法則確認 / 不良品がないか確認)
  5. ばね秤n本と、m本をそれぞれ均等に束ね、引き合わせることで、互いに m/n , n/m の目盛りを割り振ることができる。(∵系1力の合成)

目盛りの構成方法の例その2

  1. 基準となる一つの目盛りを割り振られたばね秤を一本と、まだ目盛りの割り振られていないばね秤1本を用意する。
  2. ばね秤2本とヒモを互いに引き合わせ、ばね秤同士の角度は常に直角になるようにする。
  3. 基準となるばね秤の目盛りの読みは常に1になるようにし、ヒモの角度を定めることにより、残りのばね秤の目盛りを割り振ることができる。

○
3力のつり合いを利用した、目盛りの割り振り。

ばね秤のまとめ

運動の第2法則から、基準となる力の大きさを定めることができ、ばね秤同士を引き合わせることにより、フックの法則を使わないで、第2法則から導かれた力の合成と第3法則のみで、ばね秤に目盛りを割り振ることができた。よって、ニュートンの運動の法則を自然法則ではなく公理として扱う立場に立つならば、ばね秤で測られるところの「力」の定義は、ニュートンの運動の法則の中に含まれていると考えることが可能である。

まとめ

学校では通常、質量と力は天秤とばね秤で測られる量であるとし、ニュートンの運動の三法則は、自然法則であると教えられる。しかし、プリンキピアに習い、ニュートンの運動の三法則を公理とする立場で考えれば、天秤とばね秤での質量と力の測定原理を定めることができるから、この方針のもとでは質量と力の定義はニュートンの運動の三法則の中に含まれていると考えることができる。

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  Last updated 29.Feb.2012 .[ Index ] [ Home ]