1-4、光の速さは超えられるか? その1
SFアニメやSF小説などに登場する宇宙船は、よく光の速さを超えて、広大な宇宙を縦横無尽に走りまわっています。しかし、それは現実には不可能だといわれています。光の速さを超えられないことは、半ば常識として捉えられており、科学者の集まりの中で「超光速」などと口にすると、あまり相手にしてもらえなくなるかもしれません。つまり、失業してしまいます。ものの本をひもとくと、多くの場合「相対性理論によって、光の速さを超えられないことが証明されている」などと書かれています。もっとはなはだしい場合、光の速さが物理的な最高速度であることを“前提”にして話を進めています。本当に光の速さは超えられないのでしょうか?
この拙文が、みなさんの、超光速への挑戦への第一歩となることを願っております。
1-4-1、音の速さは超えられない!?
飛行機はライト兄弟による成功以来、目覚ましい発展を遂げ、 その速さをどんどん増していきました。 その速さが、ついに音の速さに迫ろうとしたとき、限界の壁が立ちはだかりました。 どんなにプロペラを工夫しても、どんなに性能のいいエンジンを作っても、 どうしても、音の速さに達することができません。 これは当時の科学者達にとっては、なかば常識でありまして、 音速を超えられないという事が、数学的に証明されていたそうです。 私はその論文をチェックしていないので、細かな論理は知りませんが、 理屈は容易に考えられます。
昔は飛行機といえば、プロペラと翼の組み合わせでした。 だから、機体が音の速さに達するためには、プロペラで、少なくとも、 音の速さの空気を送り出してやらなければなりません。 ところが、プロペラを早く回しすぎると、 プロペラの動きに空気がついてゆけなくなり、空気が薄くなってしまいます。 つまり、プロペラは空回りし、有効な量の風を送り出すことができなくなっていきます。 では、どのくらいの速さで、空気がついてこなくなるのでしょうか? 空気の密度の振動が「音」でしたから、その速さを超えると、空気の密度の変化が伝わらなくなります。 つまり、少なくとも、音の速さのところでは、空気がついてこなくなります。 よって、音の速さよりも大きな速さで、空気を押し出すことはできません。 音の速さというのは、大まかな目安としては、プロペラで空気を押し出すときの限界速度でもあるのです。 従って、飛行機は絶対に音の速さよりも速く飛ぶことはできません!?
〜やってみよう〜空気の真空を作ることは難しいので、水で実験してみましょう。 風呂や、プールに入ったときに、手のひらで思いっきり水面をたたいてみます。 手が水面に入った瞬間、手の甲には水がくっつきません。そして、泡がぶくぶくできるでしょう。 次に、水面を、そーっとゆっくりたたいてみましょう。 すると、手を入れた瞬間から、水は手の甲に回り込み、泡もできません。 では、その速さの境目はどの辺に現れるでしょうか? いろいろな速さで試してみてください。 結局は手の甲あたりの水の波の速さで決まっているという事が観察できるはずです。 実験上の注意:水が飛び散るので、周りの人の迷惑にならないようにやりましょう |
さて、この話のどこがおかしいのか、気がつきましたでしょうか? 最もおかしな点は、現実に音速を超える速さの飛行機が飛んでいる事でしょう。 今、私たちがやっているのは、自然科学なので、どんなに素晴らしい理論や定理よりも、 現実に起こっていることの方が正しいです。理論は事実によって試されます。
音速の壁を超えることを可能にしたのは、ジェットエンジン(URL1)やロケットエンジンでした。 プロペラに依る推進装置と大きく違う点は、空気を圧縮するなどして、 音の速さが大気中と比べて、ずっと速くなる部分を作り出したことにあります。
これは、とても教訓的です。 「飛行機は音の速さを超えられない」ということになっていたのは、 「飛行機はプロペラで飛ぶ」という常識に捕らわれていたことが原因でした。 別のみかたからすると、音の速さは、どこでも変わらずに、決まった大きさになっているものだと、 いつのまにか思いこんでしまっていた事にあるでしょう。 ちょっとした発想の転換が必要だったのです。
もう一つ、大きな誤りがありました。 プロペラ飛行機の時代にも、音の速さを超えて空気中を移動する物体は存在していたのです。 自然界に現実に存在する以上、それを人の手で再現する可能性も追求できたことでしょう。 その超音速移動物体とは「隕石」です。 では、なぜ、隕石が注目されなかったのでしょうか? それは、めったに起こらない現象だからです。 科学者が測定装置をひろげて待ちかまえているところに、 ちょうど都合よく落ちてきてくれるようなものではありません。 その落ちてくる様子を目撃した人の話だけが頼りです。 「ドンという、音を聞いた。」という目撃者の話が、 超音速の証拠として挙げられます( URL 2 )。 この音は、波の伝わる速さよりも速く物体が移動してきたことで発生する「衝撃波」を観測したことになります。水の波でいえば、アメンボウの周りにできる波は丸く広がるのに、 モーターボートの周りにできる波はまっすぐです。 これはモーターボートが水の波の速さよりも速く進むからです。
◎入試問題にチャレンジ!:中部大学 1998年 (弦を伝わる波の速さの導出)
1-4-2、だから光の速さも超えられない
音速が突破できたのだから、次は光速も突破できるだろう。 ・・・と期待するのが人情というものでしょう。 では、ジェット機やロケットで、光の速さを超えることができるでしょうか? 答えはNo! です。現在、私たち人類が持っている最も速い乗り物はロケットですが、 どんなに高性能なロケットエンジンを開発しても、光の速さは超えられません。 原子力や核融合を使った、究極のロケットも考えられていますが(URL3)、 これらを使っても、絶対に光の速さを超えることはできません。 何故でしょう? ジェット機もロケットも空気やガスを噴射して、その反動で前に加速します。 つまり、ガスが機体を「押して」機体が加速されるということです。 この「物体が物体を押す」という現象を、ミクロな視点で眺めてみると、 電気と磁気の作用が物体と物体の間で力を伝える役割をしていることがわかります。 これを短く「電磁相互作用」と呼んでいます。 光も実は電気と磁気の作用が絡み合ってできているものであることが知られており、 電気や磁気の作用が伝わる速さは、光の速さと同じです。 つまり、電磁相互作用によって力が伝わる速さが最大で光の速さだと云うことになります。 そういう意味で、光の速さを越えるような「押し方」は、できないのです。
ミクロの世界
私たちが触って固いと思っている物体も、1億倍程度に拡大して覗いてみると、隙間だらけだということがわかります。 1911年にラザフォード(E.L.Rutherford 1871-1937)が、金箔に電気を帯びた“α粒子”と呼ばれていたとても小さな粒(その正体はヘリウムの原子核です)をたくさんぶつけて、中身が隙間だらけだということを、明らかにしました。
ほとんどの粒は向きを変えずに素通りしますが、稀に向きを大きく変えるものがあります。 これは金箔が隙間だらけで、金の質量(重さ)を占める大部分が中で小さな固い粒として散らばってる姿が想像できます。
さらに研究を進めて、金の質量の大半を占める粒はプラスの電気を帯びており、同じ種類の電気同士が反発する力でα粒子を跳ね返していることがわかりました。金の中身では、固くて小さなプラスの電気を持った粒が散らばっていてその周りにとても軽くてマイナスの電気を帯びた何か(その正体は電子です)が薄く広がっていると考えられます。
金の中でα粒子を跳ね返していた粒を一粒だけ取り出したとすると、これはプラスの電気を帯びているので、マイナスの電気を持ったものを金の中から引き抜いて、くっつき、外から見ると電気を帯びていないような粒になります。これを金の“原子”(げんし atom<アトム>)と呼んでいます。その姿は、質量の大半がその中心にあるプラスの電気を帯びた小さな固い粒のもので、その周りにとても軽くてマイナスの電気を帯びた何かがまとわりついているという格好です。
マイナスの電気の正体は電子(でんし electron<エレクトロン>)と呼ばれる素粒子(そりゅうし elementary particle)です。プラスの電気を帯びた粒は原子の中心にあるので原子核と呼ばれ、陽子(ようし proton<プロトン>)と中性子(ちゅうせいし newtron<ニュートロン>)という2種類の素粒子がいくつかくっついてできています。陽子は電子と同じ大きさのプラスの電気を持っており、中性子は電気を持っていません。陽子同士は同じ電気を持っているために強く反発するので、陽子同士を安定してくっつけておくには、どうしても電気を持たない中性子の助けが必要となります。陽子と中性子は同じぐらいの質量(重さ)で、電子の質量は、陽子の2000分の1程度でしかありません。電気量の大きさは同じなのに、これは大きな違いです。もし電子の質量が陽子と同じぐらいだったら、世界は今のような姿をしていなかったことでしょう。
電子はマイナスの電気を持っており、原子核はプラスの電気を持っているから、強い電気の力で引っ張り合っています。ならば電子が原子核にくっついてしまいそうに思われるのですが、これがくっつきません。理由はわかりませんが、他の不思議な現象との共通点を見つけ出して、「謎」の数を減らすことはできます。この不思議を扱う分野は“量子力学”(りょうしりきがく quantum mechanics<カンタムメカニクス>)と呼ばれています。
量子力学によれば、電子の位置を特定しようとすると、速さが不明になり次の瞬間にどこにいるのかわからなくなります、速さを特定しようとすると、今度は位置が不明となり、電子を引っ張る原子核との位置関係が不明なことにより、次の瞬間に速さがどうなるのか予測できなくなります。位置と速さの両方を知りたければ、どうしてもあるところの精度で妥協しなければならなくなります。この正確さの限界は人間の技術の限界ではなく、限界があるという自然法則があるのだということに注意してください(キーワード:不確定性原理)。電子の正確な場所は原理的に不明だけれども「だいたいこの範囲にある」という領域をきめることならできます。「原子核の周りで電子がいるかもしれない範囲」これこそが、私たちが「原子」という粒としてみているものです。
原子同士は「電子がいるかもしれない範囲」のおかげで、ほとんど重なり合うことが無く、お互いに粒としてぶつかりますが、α粒子などは、この原子の中を素通りし、原子核と出会ったときだけ、運動方向を大きく変えるわけです。つまり、α粒子の立場からすれば、原子は隙間だらけということになります。原子の大きさは100億分の1メートル程なのに対して、原子核を作っている陽子や中性子の大きさは桁違いに小さく、1000兆分の1メートル程です。これは原子の大きさを野球場程に拡大してみた場合、陽子や中性子の大きさはソフトボールぐらいということになります。いかに原子の中身がスカスカであるかということがお分かりいただけましたでしょうか?
水1リットルの中に含まれる電気量で地球が釣れる!:この電子と原子核の間に働く電気の力の強さはどれほどかと申しますと、仮に、水1リットルの中に含まれている電子を全て抜き取って、電子を抜かれた水とおよそ66センチメートルの距離に置いたとします。電子を抜き取られた水は、マイナスの電気が抜けたのでプラスの電気を持っており、電子と引き合います。そのときの引き合う力は、なんと、地球と同じ質量のものを引っ張りあげることができる程の力の強さになります[参考:計算式↓]。つまり、原子核と電子はその大きさや質量に対しての割合としては大変な大きさの力で引き合っています。ミクロの世界は、ほとんどこの強大な電気の力によって支配されています。
もしも、原子核に電子を引きつけている電気の力がなくなってしまったら、私たちの世界を構成する物質全ては原子のレベルでバラバラになってしまうことでしょう。
力の伝わる速さ
固体が固体を「押す」とき、2つの物体が、 お互いに浸入したり、重なり合わないようにする力が、物体の間に働きます。 これは先に述べたように、電気や磁気の力が基本となっています。 ということは、物体の間で力が伝わる速さは、最大でも、電気や磁気の力が伝わる速さだということになります。
では、電気や磁気の力の伝わる速さはいかほどでしょうか? ロケットの燃焼ガスの分子が、エンジン内部の壁にぶつかるなどする場合を、 想像してみてください。 新たに物体を押して力を加えるということは、力の大きさを変化させるということを意味しています。 これは、電気や磁気の力を変化させることを意味しています。 つまり、電気や磁気の力の伝わる速さとは、電気や磁気の力の変化が移動する速さだということになります。 これは、電気や磁気の大きさの変化が波として伝わっていく速さを意味しています。 すなわ、力の変化の伝わる速さとは、電波の伝わる速さだということになります。 電波は光の一種でしたから、結局、固体と固体の間に働く力の伝わる速さの最大値は、 光の速さだということになります。
もし、仮に、光の速さで移動する物体があるとすると、それを進行方向に押そうとしても、 「力」の伝搬が追いつかないので、押すことができなくなってしまいます。
光の速さはどこから見ても一定だから
「光の速さはどこから見ても一定の値になる」という事実がありました。 だから、光を、どんなに光の速さに近いスピードで追いかけてみても、 やっぱり光の速さc( =299792458m/s )で、遠ざかっていきます。 極端な話、自分が光の速さで、光を追いかけたとしても、光はやっぱり速さcで、遠ざかって行くでしょう。 だいたい、光はみんな同じ速さだと云っているのだから、光に光が追いつくわけがありません。
一方、物体にどんなに大きな力を加えようとしたとしても、力がとどかないことには、押せません。 分子や原子から構成されている物体の間で伝わる力の速さの最大値が、光の速さですから、 物体を光より速い速さにまで加速しようとしたら、力が伝わらなくなり、加速できません。 つまり、我々の日常生活で云うところの「物体」を、 どんなに押しても、光よりも速い速度にまで加速することは絶対に不可能です。
1-4-3、タキオンロケット
はじめから光より速い物体があったとしたら、それを利用できないものでしょうか。 光よりも速く運動する粒子を総称して「タキオン (Tachyon)」と呼んでいます。 タキオンは様々な場面で、理論に矛盾を引き起こすので、嫌われ者です。 良識のある科学者は、たいてい、理論の中にタキオンが現れると、 どこか話しが間違っていたのだと考え、理論を修正していきます。 または、「これは、あくまでも計算上の便宜である」と強調することでしょう。 簡単な例として、無限大の速度を持ったタキオンが在ったとします。 これは、つまり、ある一瞬に「ヒモが現れて消滅した」としか、見えないはずです。 これは、もはや「粒子」と呼ぶこと自体、おかしいです。
そんなタキオンですが、実験によって、その存在の動かぬ証拠をつかんだなら、 世界をひっくり返す大騒ぎとなるかもしれません。 理論の方も修正が必要となってくることでしょう。 タキオンは質量が虚数(←二乗するとマイナスの実数になる数)になるともいわれ、まるで幽霊のような扱いですが、 もしもタキオンが実在するならば、電磁気的な相互作用を通して、 我々の実世界と関わることができるでしょう。 そういう意味で、タキオンの存在の証拠をつかむには「真空中の光の衝撃波」を見つけだせばいいのです。 この光は「真空中のチェレンコフ放射光」と呼ばれています。 「水中のチェレンコフ放射光」とは区別してください。 水中では、光の影響で水の分子が発する光に邪魔されて、光の進む速さが真空中よりも遅くなるために、 真空中の光の速さよりも遅い速さの物体から出る光でもチェレンコフ放射光を見ることができます。 真空中のチェレンコフ放射光は今のところみつかっておりません。 測定装置には反応があるようですが、設定された精度ではいずれも誤差の範囲内ということで、 「みつかった」とは云えません。
もし、仮に、タキオンが存在して、人間の手で制御可能だったとしましょう。 SF作家の考えそうなアイデアとして、「タキオンを噴射すれば、 光の速さを越えることのできるロケットを、作ることができる。」 というのがありますが、ホントかウソか? ぜひ考えてみてください。 なるべく大勢で議論してみると良いでしょう。 この節を読まれたみなさんには、簡単に解ると思います。
1-4-4、超音速の教訓
どんなに物体を押しても、光の速さを超えることができないことは判りました。 では、光の速さを超えることは絶対に不可能なのでしょうか? なにか、見落としていることはないのでしょうか? 光の速さの定数性に関する前提条件を再度点検し、 音速が超えられないと言われていた話を参考に、よく考えてみてください。
また、このページのミクロの世界の説明では、話を簡単にするために、とても重要な点が抜けています。電気や磁気の作用を媒介としないで、物体を光よりも速く加速させることのできる可能性は何かありませんか?
まとめ
- プロペラ起こした風に押されて飛ぶ飛行機では、飛行機を音速よりも速い速度にすることはできません
- その昔、飛行機は音速を超えられないと云われていたことがあったそうです
- ジェットエンジンやロケットエンジンでは、いずれもエンジン内の音速は外界の音速よりも速くなっています
- 電気や磁気の力をまとめて電磁相互作用といいますが、これは私たちが普段見たり触れたりすることのできる物体同士に働く力の仲立ちになっています。
- 電磁相互作用は、力として作用するだけではなく、光のもとにもなっているもので、光の速さで伝わることが知られています
- 仮に光の速さにまで物体を加速できたとすると、電磁相互作用が物体に追いつけないので届かなくなり、その物体を、ガスの噴射などの「接触」によって「押す」ことはできなくなってしまいます