1-5、光と質量
※この章はむずかしいので、物理IIを履修していない人は飛ばしてください。
この章では、エネルギーと質量の等価性について述べます。
つまり、エネルギー保存則を考えるときには、
その物体の質量も、エネルギーに加えないと保存しないという性質です。
式を使って象徴的に書くと、
E = mc2
となります。ここで、E はエネルギー、m は質量、c は光の速さです。 この式は、アインシュタインの名声と共に有名になりました。
一般には、この関係式が、核兵器の開発を理論的に裏付けるの原理として重要であったと、思われています。 しかし、これは通常の化学反応でも起こっていることでありまして、 原子力エネルギーを取り出すためだけの理論というわけではありません。 ただ、化学反応などの場合には、cの大きさがとても大きいために、 質量の変化が小さすぎて、測ることができないのでした。 つまり、アインシュタインの理論が、核兵器開発の原点になったという考えは誤りです。
実は、この関係式は、物質に対する光の吸収と放出に関して云えば、 アインシュタインの理論を使わなくても、 つまり、「相対性」をあからさまに強調しなくても、 「マクスウェルの方程式」だけから導出できます。 この方程式は、19世紀にマクスウェルが、複雑きわまりなかった、 電気と磁気の法則を、数学の力を借りて、簡潔にまとめあげたものです。
話の筋道としては、電磁波のエネルギーEと運動量Pの間に、
E = c|P|
の関係があることが、マクスウェルの方程式(電気と磁気の法則)から導けます。 これを使って、光ではない、一般の物体が、光を吸収または放出したときに、 E = mc2 の関係があることを導くことができます。 電気と磁気の法則の話は、ここでは触れずに、問題の核心へと進みましょう。
1-5-1、光を吸収した物体の質量は増える
アインシュタイン自身が、1946年に発表した、わかりやすい導出法を紹介します(文献1)。
この方法は、以下の3つの法則だけを使います。
1、運動量保存の法則
・運動量(ベクトル)の総和は合体/分裂の前後で変わらない
・物体の運動量の大きさは、( 物体の質量 )×( 速さ)
2、光(=電磁波;論文では「輻射の複合体」)の運動量の式
・光の運動量の大きさは、(光のエネルギー)/( 光の速さ )
3、光行差の式
・自分が走ってみると光の進む向きが変わって見える
→1-1-3「ブラドレー」参照
外部から力を受けていない、質量Mの物体Bを考えます。
これを、物体Bに対して静止している観測者Ko がいます。
物体Bの両側から、左右対称に光を照射します。
左右から来た光の道筋が一直線になるように、まっすぐ照射します。
前後左右に対称ですから、物体は動きません。
一方の光のエネルギーを、E/2 とすると、
光が吸収されたあとの物体Bのエネルギーは、Eです。
具体的には、熱などの形で存在するでしょう。
これを、z軸方向負の向きに、一定の速さvで、ゆっくり移動する観測者K’が見るとどうなるでしょうか?
Ko からみて、物体Bは光の吸収前後で静止したままなので、
観測者K’からみたら、物体Bは、速度を変えずに走り続けます。
ところが、光(=電磁波)は、そのエネルギーを、光の速さで割った値の運動量をもっていますから、 光の運動量のz方向成分が存在します。 運動量保存則は必ず成り立ちますから、物体Bが光を吸収した後には、 光の運動量の分だけ、物体Bのz方向の運動量が増加します。 つまり、光を吸収したことによって、速度が変わらずに運動量が増加するという状況になります。 これは、質量が増加する以外に、矛盾のない理論を進めることができないことを意味しています。
では、質量の増加分を勘定してみましょう。
図より、観測者K’から見た光の運動量は、左右合わせて
M’V = M V+ ( E V/c2 )
すなわち、物体Bの質量の増加分は、光のエネルギーをc2で割ったものになっています。
(質量の増加分) ≡ M’ーM = E/c2
以上より、物体が光を吸収すると、そのエネルギーに比例して、
質量が増加することが示されました。
吸収された光は、物体の中で、光のままの形で存在しているわけではありません。
おそらくは、光は消滅して、そのエネルギーは、
物体内部の熱エネルギーなどに変わっていることでしょう。
すると今度は、熱を持った物体の質量は増加するという話にもなります。
つまり、質量の増加の本質はエネルギーです。
エネルギーは様々な存在の仕方の間を、移り変わるから、
上記の関係式は、光に限らず、一般に成り立つものだということが、考えられます。
つまり、エネルギー保存則と、質量保存則は、別々に考えることができなくなり、
以下のように書き換えられなければなりません。
Σ全て(エネルギー)+Σ全て(質量)×c2=(一定の値)
1-5-2、光子の質量
光には、粒子のようにカタマリとして振る舞う性質も在りまして、その粒子としてみた光のことを、「光子」(コウシと読む。英語では Photon)と呼んでいます。光子の質量はいかほどのものなのでしょうか?
答えを先に申しますと、光の進行を止めようとすると、速度が遅くなる代わりに、
振動数が減少していき、最後には、光自体が消滅してしまいます。
このことから、光子の質量はゼロです。
しかし、鏡張りの箱の中に、光を閉じこめて、質量の差を求めると、
( 光のエネルギーE ) = ( 質量の増加分△m )×( 光の速さc )2
の関係が導かれます。
1-5-2-1、光は止められるか?
光を止めて、重さを量ることはできるでしょうか? 結論を先に申しますと、ノーです。 光の速さは、どこから見ても一定の値cをとりますから、止めることが、できません。 では、止めようとすると、どの様なことがおこるのでしょうか?
光について考える準備として、飛んできたボールを止める方法を考えましょう。 通常は、グローブなどで、簡単に受けとめて、止めることができます。 しかし、これは、ボールとグローブの摩擦を利用しています。 キャッチボールを続けていると、グローブが熱くなってきた経験はありませんか? これは摩擦によって熱が発生したからです。 光の場合について当てはめてみると、熱の発生を許すとするならば、 光が物質に吸収されてしまった場合に相当するでしょう。 このケースは、前の章で扱いました。 しかし、「光を止めようとすると、どうなるのか」という問いには答えていません。
では、熱を発生させずに、ボールを止める方法はないのでしょうか? あります。ボールから逃げていく壁にぶつければいいのです。 壁とボールは完全弾性衝突をするものとします。 別のコトバで言い換えると、壁から見たボールの速さは、向かってくるときと、 跳ね返って遠ざかるときで、同じになるものとします。 そして、壁の質量はボールと比べて大変大きく、 衝突に伴う壁の速度の変化は無視できるものとします。 すると、壁の速さをボールの速さの半分に選べば、ボールが止まることが示せます。
これを、光について当てはめてみましょう。 振動数fの光が、壁に向かっていくとします。 壁にぶつかった後の振動数は、壁が逃げているから、ドップラー効果によって、 振動数は、もとの値の (c-v)/(c+v) 倍にまで、減少します。 つまり、光は速さを変えることができないので、代わりに振動数が変化します。 光を止めようとすると、振動数がゼロに近づき、その存在自体が、消えてしまいます。 つまり、光を止めて測った光の質量の値はゼロです。
なお、光の粒子としての性質を捉えた「光子」のエネルギーは
(光子1粒のエネルギーE)=(プランク定数h)×(光の振動数f)
ですから、光を止めようとすると、どんどん振動数が低くなっていき、 光子1粒あたりのエネルギーが、減少していきます。
1-5-2-2、光は E=c|P|
( 光のエネルギーE ) = ( 光の速さc )×( 光の運動量の大きさP )
という関係式は、純粋に、19世紀のマクスウェルの電磁気学の理論だけから導出できます。 しかし、それを理解するためには、高校で習う電磁気の法則を、 ひととおり理解しておかねばならず、道のりは遠いものとなってしまいます。 そこで、一計を案じます。もし、光の粒としてのエネルギーが振動数に比例することを、 認めていただけるならば、簡単な力学の法則から、光のエネルギーが、 光の運動量と光の速さの積と等しくなることを示せます。
(光子1粒のエネルギーE)=(プランク定数h)×(光の振動数f)
振動数fの光子ひとつぶが、速さvで走り去る壁にぶつかるとします。
反射した光子の振動数は、ドップラー効果により、
h(f-f’)=E−E’=K’−K=(壁に与えられた仕事)
仕事は力と変位の積で、また、壁の運動量の変化
(壁に与えられた仕事)=( 力 F )・(変位△x) =(△p/△t)・△x =(△x/△t)・△p = v ・△p
以上を組み合わせると、h(f-f’)=v△p となります。 この計算は少々正確さを欠いているように見えますが、微分と積分を用いて計算すると、 きちんと狂いなく正しいことが示せます。
いっぽう、衝突前の光子の運動量の大きさをP、衝突後のそれをP’、とすると、 運動量保存則により、壁の運動量pp’との間に、以下の関係式が成り立ちます。 (光の進行方向が反転するので、逆向きを表すために、 P’には負号が付けられることに注意してください。)
(P)+p=(─P’)+p’ 故に、△p=P+P’ 以上より、△pを消去して、 h(f-f’)=v・(P+P’) を得ました。さらに、ドップラー効果の式から、 (f-f’)=(v/c)×(f+f’) となるので、vを消去できて、 E+E’=h(f+f’)=c(P+P’) となります。壁の速さvを、cと比べて、とても小さな値とすると、 EとE’、PとP’の差は無視できるほど小さくなります。 よって、両辺を2で割って、 E=cP が、得られます。高校の教科書でよく見かける形に書き直すと、 P=hf/c です。(fの代わりに、ギリシャ文字の「ν」が、よく用いられます。) 注意:「質量m、速さvの物体」の場合とは、違う式であることに気を付けてください。 E=1/2 mv2、P=mv であるとすると、 E=1/2 vP となり、(1/2)が付きます。
では、どうして、静止できる物体と、光の場合で、このような違いができたのでしょう? 「光は、どこから見ても速さが一定の値cになる」という現象が本質です。 このため、壁にぶつかっても、速さが変わらないので、止まれないし、(1/2)が付かないのです。
1-5-2-3、閉じこめられた光の質量
内側が鏡張りの箱を考えます。もし、この鏡が、光を完全に反射するならば、 この箱の中に、光を閉じこめることができるでしょう。 光は永久に反射し続けて、しかも、外に出られないからです。 ここでは、この光の存在によって箱の質量が増えることを示します。 この運動をさせるために、外から加えなければならない力を計算すれば、 ニュートンの運動方程式から、箱の質量が求まります。 簡単のために、箱の形は直方体。一つの辺に沿って、x軸を定め、 x軸方向に、等加速度運動をさせます。その加速度の大きさを「a」とします。 光は、実際には、あらゆる方向に向かって走りますが、話しを簡単にするために、 x軸方向だけに、進む場合を仮定します。 勿論、この仮定が無くても、結論に変わりはありません。
={(全ての光子のエネルギーE)/c2}×a
ここでは、箱の速度と光の進行方向が同じ場合について計算しましたが、 光が斜めに向かう場合についても計算できます。 その計算のコツは、ドップラー効果は使わずに、ブラドレーの光行差の式を使います。 つまり、箱の運動によって、光の進む向きが、ずれるために、運動量のx方向成分が、 箱の速度がない場合と比べて変化することを用います。 すみませんが、ここでは割愛させていただきます。