1. 相対性・対称性
    1. 相対性・・・って何?
      1. キミの心臓は右にある
      2. 地球はまぁるい
      3. 家庭円満天地無用
      4. ボクだけの世界では、ボクは何処にいますか?
      5. 東京の超音速ランナー登場

2、相対性・対称性

2-1、相対性・・・って何?

 「相対性理論」と言うコトバは、英語の relativity の訳です。これを英和辞典で引いてみてください。「関連」「相関性」などという訳語が挙がってきます。他に哲学でいうところの「相対主義」等といった訳語もあります。 では「相対( relative )」と言うコトバを、辞書で引いてみましょう。 「他と関連させてみて、初めてそのものの存在が考えられること。」(三省堂新明解国語事典から抜粋引用)、 「1,related each to the other. /2,having to do with /3,comparative /4,meaningful only in relationship /...」( Webster's New World Dictionary から抜粋引用)などとなっています。 そして、特に「相対性」と言うコトバを使う場合には、相対性理論がとても有名なおかげで、「物体の運動について、その速度が相対的である」という事実を指す場合が多いです。

2-1-1、キミの心臓は右にある

 普通、「心臓は左にある」といわれています。しかし、あなたが、他の人と向かい合ったとき、その人の心臓はどちら側にありますか? ほとんどの場合、あなたから向かって、右側にあるはずです。左とか右といったコトバは、2つの向きを関連づける用語なので、どの向きに対して左とか右とか呼ぶのかを、はっきりさせておかなければなりません。だから、「左」とか「右」とかいった概念は、相対的なものであるといえます。

2-1-2、地球はまぁるい

 あなたが普通に立っているとします。このとき、頭が上で、足が下となります。手を床に着けて、頭が足よりも下になっている場合は、立っているとはいわずに「逆立ちしている」と呼ばれます。では、もしあなたが、体の向きをそのまま変えずに、真下に向かってどんどん穴を掘り、地球を貫通して、反対側に出たとしましょう。日本から穴を掘り下げていったとすると、アルゼンチン沖の海底に出るはずです。さてそのとき、どちらが上ですか?日本から、体の向きを変えないで来たので、アルゼンチンに出たら、全てがひっくり返って見えます。アルゼンチンの人たちが、みんな逆さまにぶら下がっていると考えるか、あなた一人が、逆立ちしていると考えるか、どうでもいいことですが、常識人はあとの方の意見をを支持するでしょう。また、この穴を通して、日本からアルゼンチンの様子をのぞき見ると、みんな逆立ちして見えるのだから、上と下という概念は、地球上の場所々々で「相対的」なものであることがわかります。

2-1-3、家庭円満天地無用

 上と下という概念は、地球上の離れた二点に対して、相対的だという事はわかりました。しかし、だからといって、「空が下にある」と言う表現はおかしいです。地球上の一点を決めて、そこに立ってみると、必ず空は上にあり、地面は下にあります。この事実は「絶対的である」といえるでしょう。地球上のどの国に行っても、空は上にあり、地面は下にあります。「相対」と「絶対」は表裏一体となって考えられることが多く、何でもかんでも相対的であると考えると、誤りへとハマリこむでしょう。
 絶対と相対の概念の使い分けは、くだらない喧嘩の仲裁などにも使えるでしょう。熱くなったご両人の、どちらの主張もよーく聞いてやっておいて、決まり文句:「どちらの言い分も正しいんだ。ただ、ものの見方や、立場が違うだけで、実は、同じ事を言っていたんだね・・・。」

2-1-4、ボクだけの世界では、ボクは何処にいますか?

 自分が「どこ」にいるのかを、表現したいとします。地図上に記載された、地名や番地を言えばよいでしょう。さらに、建物の何階にいるかまでを言えば、かなり正確になるでしょう。これは、基準となる「地面」があるので、可能となります。 では、あなたが、地球を遠く離れた宇宙空間にいる場合は、どうやって自分のいる位置を表現しましょう?周りの星々からの距離を言えば、わかってもらえるでしょう。
 ではここで問題です、仮に、この広い宇宙に、いま思考しているあなた以外には、いっさい何も存在しなかったとしましょう。神様の存在については、このさい考えないことにします。このとき、あなたは、どこにいて、どちらを向いていますか?  この問いかけ自体が、無意味なものであることに、気がつくでしょうか。しいて答えるなら、「ボクはボクのいるところにいて、ボクの向いている向きを向いている。」・・・しかし、それは、それだけで完結してしまっており、なんら発展しません。「ボク」にとって「ボクの存在」は絶対的な事実ですが、自分以外に何もない「無」の世界に、「絶対的」な位置を定めることは出来ません。あなたのいる位置は、他の点からの「相対的」な位置としてでしか、表すことが出来ないのです。

2-1-5、東京の超音速ランナー登場

 「私は平凡な東京都民だが、音速を超えて走ることが出来る! 地球が自転しているから、地表面の速さは、北緯35度では時速約1370km 。これは、地上の空気中を伝わる音の速さを、越えている。」と、主張する人がいたとしましょう。この話は、まちがっていますか?
 答え:間違っているとも、正しいとも、何ともいえません。
点の位置が、他の点に対して相対的にしか決めることが出来ないことと、同じ状況が、速度についてもいえるのです。自分の「速さ」を、表現したいとします。地球上にいるときには、常識的には、地面の上を、1時間当たりにつき、何km移動したかについて求めればよいでしょう。では、あなたが、地球を遠く離れた宇宙空間にいる場合は、どうやって自分の速度を表現しましょう?それは、周りの星々の自分に対する速度によって表現できるでしょう。
 ではここで問題です、仮に、この広い宇宙に、いま思考しているあなた以外には、いっさい何も存在しなかったとしましょう。神様の存在については、このさい考えないことにします。このとき、あなたは、どちらの向きに、どんな速さで移動していますか? この問いかけが、無意味なものであることに、気がつくでしょう。ボクにとってボクの存在は絶対的な事実ですが、自分以外に何もない「無」の世界に、「絶対的」な速度を定めることは出来ません。あなたの速度は、他の点からの「相対的」な速度としてでしか、表すことが出来ないのです。ここで重要な事実がピックアップされました。

物体の運動について、位置や速度は相対的である。

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