1-1、光の速さの値
1-1-1、光は瞬間には伝わらない
真空中の光の速さは、よく記号cで表されます。その値は、
つまり、1秒間につき約30万km進みます。これは、一秒間に地球を七周半する距離を走ることを意味しています。 ためしに、月まで往復する時間を比べてみましょう。 月までの距離は、往復76万km です。 この距離を人間が休みなく歩くとすると、およそ 22年かかります。 新幹線ひかり号の最高速度では、およそ4ヶ月かかります。 ロケットではどうでしょうか?事故のために急いで月から帰ってきたアポロ13号の場合でも6日程かかりました(URL1)。 光はこの距離を、わずか2秒半で往復します。
この、とっても速い光でも、宇宙の壮大なスケールに対してはゆっくりです。 見える星の中でも太陽から一番近いプロキシマ・ケンタウリから出た光が地球にとどくまで4.1年、 次に近い星のシリウス(おおいぬ座のひときわ明るい星)から出た光が地球にとどくまでには8.6年かかります。
さて、光に限りある速さがあるということは、遠くを見るほど昔の宇宙を見ていることになります。 ずうーっと遠くを見ていくと一番古い果ての宇宙も見えますが、そこには星も無く、どこを向いても同じ光が見えます。 それは、ちょうどマイナス270度(= 3ケルビン )の極めて温度の低い物質が出す光です。 いちばん古い頃の宇宙は一様に冷たい物質で満たされていたのでしょうか? 現在の定説では「宇宙のはじめはとても熱かった」ということになっていますが、 間違っているのでしょうか? みんなで考えてみましょう。(☆)
☆答えへのキーワード:
- ドップラー効果
- 赤方偏移
- ハッブルの法則
- 宇宙膨張
◎大学入試問題にチャレンジ!:立命館大学 理工学部 1997 [3]
1-1-2、いろいろな光も同じ速さ
光にもいろいろな種類があります。赤い光、青い光、赤外線、紫外線・・・。 放射性物質から飛び出してくるガンマ線や、レントゲン撮影に使うX線も、光の一種です。ラジオや携帯電話に使われている電波も光の一種です。じつは、電波はみんな光の一種です。目には見えませんが、アンテナと、それに繋がった電気回路が目の役割をします。レーザー光線はどうでしょうか?これも光です。これらはみんな空気も何もないところでは、同じ速さで伝わります。 これらは、いろいろ違って見えますが、波としての光の波一つの長さ(波長)が違うだけなのです。
じつは、ガラスや水などの物質中を伝わる光は、その種類によって伝わる速さが違ってきます。 プリズムに入った白色光が虹色に分かれるのは、この速さの違いが原因です。 この速さが違ってしまう理由は物質を作っている分子や原子を覗いてみるとよく解ります。 電気を帯びたとても小さな粒子(=電子など)によって、盛んに新しい光が作られています。 この新しくできた光が外からやってきた光と重なり合って、邪魔しあって、 あたかも光が遅くなったり速くなったりして見えるのです(参考:例えばファインマン物理学2巻6章)。 とても紛らわしいので、 今後、光の速さは空気も何もない「真空」の中を伝わる光の速さの事を云うことにします。
ところで、ウルトラマンが怪獣を倒すときに使う「光線」はどうでしょうか?光線と呼ばれていますが、光ではありません。光の通った道筋は、空気も塵も無いところでは、見えません。光が横で見ている人の方に向かって分かれて進むことがないからです。一方、その「光線」は、宇宙の真空の中でも、はっきりと、途中のみちすじが見えますから、光ではありません。SF 映画に出てくるような、あの手の「光線」についても同様です。なお、SF には、レーザーガンなる武器が登場しますが、レーザー光線は、反射して自分に当たると危険なので、武器としてはあまり使いたくないものです。現実の世界では、このような高出力のレーザー光線は、きちんと管理された環境のもとで、金属加工用の工具などとして使われています。
1-1-3、光の速さの正確な値と長さの基準の設定
昔の人がどうやって光の速さを計ったものか、振り返ってみましょう。(文献1,2, URL2,3) 実験の説明がくどいですが、じつは、これらの実験は、大学受験の入試問題に出しやすいネタなのです。
1607年にイタリアの Galileo Galilei(ガリレイ)が、二人の人間が遠く離れて光で合図するという方法で、光の速さの測定に挑戦しましたが、失敗しました。 「とっても速い」ということだけは、判りました。
1676年にデンマークの Ole Christensen Roemer(レーマー)は木星の衛星が木星の陰に隠れる周期が一定の時間にならない揺らぎの値が、 木星と地球の間の距離に依存していることを光の速さで説明しました。 木星と地球が一番近いときと、一番遠いときには、太陽と地球と木星が一直線上に並びます。 このときの距離の違いは、ちょうど地球が太陽の周りを回る軌道の直径となります。 太陽から出た光が、地球にとどくまでの時間が、およそ8分でしたから、 木星からの距離が一番遠いときと近いときでの、木星から地球まで光がとどくまでの時間の差は、 およそ16分ほどになることでしょう。 そこで、光の速さの大まかな値をつかみました。 値は正確でないにしても、光が進む速さが瞬間ではない事が確かめられました。 残念ながら、当時は光の速さが無限大であるという考えが主流だったので、広くは受け入れられませんでした。
1727年にイギリスの James Bradley(ブラドレー)は地球の公転に従って星の位置が微妙にずれる大きさを測って、光の速さを計算しました。 原理は、電車に乗って雨粒が落ちるのを見ると斜めに落ちていくように見えるのと同じです。 [ 関連事項:方向の異なる速度の合成 ] 地球の速度は毎秒 30Km と判っているので、 光のやってくる方向がどれだけ傾いているかを測れば光の速さが判ります。 蛇足ですが彼の叔父の名はジェームス・ポンドといいます。
◎大学入試問題にチャレンジ!:1997年 倉敷芸術科学大学(傘の問題)
1849年に Fizeau(フィゾー)は世界で初めて地上の実験装置で光の速さを測定しました。 レンズを使って遠くまで届く光の線を作り、鏡で反射させて手元に戻ってこさせます。 この光を、出発点で、歯車の歯で遮って、点滅する光線を作ります。 帰ってきた光をまた歯車に当てて、光の往復時間を測ります。 この装置は「フィゾーの歯車」と呼ばれています(文献3)。
◎大学入試問題にチャレンジ!:1997年 北海学園大学 工学部(電子)[2]
1850年にフランスの Jean Bernard L'eon Foucault(フーコー)は、 歯車の代わりに、回転する鏡を使って、光の速度の値を、より正確に測定しました(URL4)。 フィゾーの方法よりも、装置を小さくすることが出来るので、水中の光の速さも測れました。
光源から出た光は、回転鏡にあたり、回転鏡で反射された光は、 回転鏡の向きが特別なときに限り、凹面鏡に向かいます。 凹面鏡で反射された光は、回転鏡へと戻っていきますが、 この光の往復の間に回転鏡が回っていたならば、回転鏡で反射された光は、 元の光源の位置に戻りません。 このズレの角度を、回転鏡が1秒間あたりに回る角度(=角速度)で割れば、 回転鏡と凹面鏡の間の光の往復時間が測定できます。 従って、回転鏡と凹面鏡の間の距離を正確に計れば、 時間との比をとって、光の速さが求まります。
なお、フーコーはその後も、長年にわたり丹念に実験を改良し続けたので、 高校の教科書などでは、実験のなされた年が1862年であるとされています。
◎大学入試問題にチャレンジ!:1998年 大坂産業大学工学部 物理 [3]
その後、測定精度が驚異的に上がってゆき(グラフ参照)、その正確さは、もはや長さの単位の基準とされていたメートル原器の精度おも超えてしまいました。
つまり、 速さを正確に測定しようとしたら、長さと時間の基準が、正確に定められなければなりません。 速さは、道のりを時間で割ったものだから、道のりと時間を正確に計ることが必要だからです。 世界一正確な時計と、世界一正確なモノサシを持ってきて、そのどちらか正確でない方の精度に、光の速さの測定精度が一致してしまうことになります。
時間の基準はクリプトン等の原子が出す光の周期(1回ふるえる時間を周期という)を使って、とても正確に定めることが出来たのに対し、長さの単位の基準は世界に一つしかない、金属の棒でできた「モノサシ」(=メートル原器)によって決められていたのでした。 時計に比べてモノサシの精度がとても悪かったので、 モノサシの精度よりも正確には光の速さは測れなかったのです。
では、発想を逆転して「光の速さが正確に定まっていると考えれば、光の波の長さをメートル原器よりも正確なモノサシとして使えるだろう」という提案されました(文献4,5)。
そこで、1983年10月の国際会議で、キッカリとキリのいいところで 299792458(m/秒)に固定してしまいました。
ごろ合わせ:「(憶え)にくくなく入試後もパッ」(石川先生談) |
それ以来、この値は、「測定値」ではなくて、「定義」です。 つまり、1mという長さを、1秒間に真空中で光が進む距離の299792458分の1と定めたのでした。
現在、時間の基準はセシウム原子の出す光の周期を利用しています。
いっぽう、長さの基準は、実用的には、時計を使うのではなく、
よう素安定化ヘリウムネオンレーザと、メタン安定化ヘリウムネオンレーザの「光の波長」を使うことが国際的に勧告されています(URL5)。
それでも、長さの基準の精度は、時間の基準に比べて、10〜100倍ほど悪いです。
そのため、結局のところ、光の速さをもっと正確に測定することは、 長さの基準を正確に定める作業をしているということになります。